日常と常識とが吹き飛ぶナイトダイビングの世界

 海に潜ること。まずそれ自体が非日常的な体験。だが、さらにナイトダイビングとなると、日常とか常識とかが一瞬のうちに吹っ飛んでしまう世界が平気で存在していることに気づく。
 先日、来年の春にオープンする予定の下関水族館の仕事で、下関でナイトダイビングによる撮影を行った。これは、施設用の展示映像ソフトを作るための撮影。
 沖合いにある人口魚礁。水深12m。午後7時30分。ようやく沈んだ太陽を合図に、ボクは、水中ライトと水中ビデオカメラを持ち、地元の職業ダイバー2人と合計3人で潜った。
 広い砂地が広がり、そこに暗く大きな影として鎮座する魚礁。さいころ型をした一辺が1.5mほどのコンクリート製の枠が重なり合うように沈められていた。そこには海藻がわずかについているだけ。表面の付着物はさほど多くないことから、まだ沈められてからそんなに時間の経ったものではないのだろう。
 ところがドラマはいきなり始まった。50cmほどのヒラメが、海底付近で休んでいるネンブツダイを捕食したのだ。カサゴも海底でジッとしていたキビナゴを捕食。暗い中でそんなに視覚がきかないはずなのに、かなり高い確率で捕食に成功していた。ヒラメもカサゴも夜行性であることをしっかりと認識したのだった。とはいっても、彼らの夜行性というのは、オールナイトではない。夜というより、暗くなってからのある時間帯に食性が活発となり、捕食する。だが、熟睡しているカサゴを何度も目撃しているから、暗くなってからのおおかたの時間帯はやはり眠っているのだろう。
 そして、夜というのは、海の生き物たちにとって、さまざまなチャンスタイムでもある。つい2〜3日前にも、月刊ダイバーの取材で西伊豆の大瀬崎をナイトで潜った。そのときに目についたのが、イセエビの脱皮直後の抜け殻。脱皮の瞬間は最も無防備になる。だから暗闇にまぎれて行うのだろう。そういえば、以前、やはりこの大瀬崎でナイトを潜った際に、ムラサキハナギンチャクの脱皮という超珍しいシーンに出会った。
 最初、長い触手の先端部に太い輪ゴムのようなものがあり、誰かが悪戯でもしたのかと思っていた。ところが、幹の部分が異常とも思えるほどピカピカとしていた。一緒に潜ったガイド氏が、脱皮の瞬間であることに気づいた。ボクもすかさず撮影した。おそらくこれが初観測なのではないだろうか。しかし、殻の硬いエビやカニが脱皮するのは理解できるが、肌の柔らかいイソギンチャクの仲間も脱皮するというのは驚きだ。美しい肌の追求というのは、人間の世界だけではないのかもしれない。

ムラサキハナギンチャク

1999年10月に西伊豆・大瀬崎の湾内で夜間撮影したムラサキハナギンチャクの脱皮。おそらく幹の部分の古い皮なのだろう。美女が濡れたTシャツを脱ぐ瞬間をのぞきみしてしまったように、なにか妙にドキドキさせられるエロティックさがそこにあった。

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