海が海でいられるために必要な台風の存在

 つい先日訪れた沖縄では、浅い海域の水温が34℃前後になり、水温が下がらずにいた。あまりにも高水温が続くため、サンゴが生存しにくくなり、一部が活性を失って白化し始めていた。このまま続けば、さらに白化は進み、その海域のサンゴはほとんどが死滅してしまう。
 また、その前に行った外房でも、表層の水温が異常なほど上昇。なのに水深8mぐらいから突然水温が10度も低下。そんな現象がなぜ起きるのか? それは晴天が続いていることもあるが、一番の原因は台風の来襲の少なさである。
 今年は台風1号が5月13日に沖縄の八重山周辺を通過して西に逸れて熱低化しただけで、本州に接近したりするケースがほとんどない。沖縄本島も同じことが言えて、今年は幸い(中国の方には災いなのだが…)にも、ほとんどの台風が中国や台湾方面へ逸れている。そのために海が本格的な時化とならず、ごく表層と、やや深めの海水とが混ざり合わない。完全分離したフレンチドレッシング状態。風呂のお湯程度ならボクらでも簡単に攪拌できるが、海水となると台風ほどの強大なパワーなしにはできないスケールなのである。 
 ボクが小学生のときに読んだ科学読み物には、当時あと10年もすれば台風は発生と同時に消滅できるようになるだろうと書かれていた。たしか、台風の目に強大な爆発力をもつものを投入することによって、台風のパワーを吹き飛ばしてしまうような仕組みだったと記憶している。しかし、それから30年経った今でも、ボクたちの生活では、毎年のように台風の被害に悩まされ続けている。つまり、台風に対しては何もできていないのだ。

 もしも台風を根絶させてしまうような技術が確立されたとしたら、海は海でいられなくなってしまう。そうなれば、人間はもとより、地球上の生物は全滅してしまうだろう。台風の強大なパワーによって海が荒れ狂い、猛り狂ってこそ、海の循環や浄化、攪拌が成し遂げられる。当然、大地にも大量の雨がもたらされて、植物はうるおう。もちろんそこには水害や崖崩れといった災害はつきものであり、ボクたちの生活も脅かされる。確かに台風ははなはだ迷惑な存在なのだが、地球になくてはならない存在だし、例年通りのコースでやってきてくれないと困ることも多いのだ。
 つまり、海がまともに夏の海となり、さらに秋の海になるためには、台風がなくてはならない存在。さらに秋から冬の海になるためには、気温の低下もあるが、シベリアからの冷たい季節風が吹き降ろし、表面の海水を容赦なく冷やす。さらにその冷やされた海水を季節風が沖に追いやり、それを補うように下層の栄養塩類を多く含む透明度の高い海水が湧きあがって循環する。それをひきがねに、海藻類がいっきに芽吹き、増殖を始める。秋に生まれた稚魚などは海藻のジャングルに守られ、成長し続ける。春の潮が差し込むと、海藻は増殖が止まり、一部が枯れたり、ちぎれたりして沖へと流される。その流れ藻に稚魚は隠れて沖へ出て、成魚へと成長する。
 こんな海のサイクルが存在する。そのどこかのタイミングがズレれば、海の中のあらゆるリズムが崩れていく。海や地球といったレベルで考えれば、そんなタイミングのズレはごくわずかな誤差にすぎないかもしれない。だが、ボクたちにとっては、漁業、農業といった産業から、生活のあらゆる部分での歯車に誤差を生じ始めてしまう。人間が支配したかのような地球上で、ボクたちの存在とは実はこんなにもか弱きものなのである。

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