電脳未来図

 つい先日、ADSL回線を申し込んだ。いままでは従来のアナログ回線で56Kのモデムでメールやインターネットを行なっていた。ホームページの更新やら、雑誌社への画像転送などの機会も急増し、今のままではそれらの作業に支障をきたすと判断したからであった。ちょうど現在契約しているニフティがイーアクセス社と組んで、ADSLの高速通信を提供していて、そのキャンペーン中というタイミングでもあった。デモンストレーション会場を見学してみると、通信速度は考えられないぐらい速い。ISDN回線も考えたが、それよりも速度自体は速いらしい。あと2週間もすれば我が家もADSLが開通し、さらに現在所有するパソコンを無線LANでつなごうと考えている。
 しかし、この情報処理関連の環境の変わりようは何だ!と言いたい。例えば、ボクが関わる雑誌社では、12〜13年ぐらい前には原稿用紙に鉛筆書きだった。そのころ、ワープロが一般化し、ボクも13年前にワープロ専用機を導入。プリントアウトしたものを編集者に渡した。それからいっきにパソコンが台頭して、ワープロでうった原稿をフロッピーディスクで渡すようになった。さらに、次にはメールでの原稿送信の必要性にせまられた。ワープロ専用機のみで頑張ってきたボクも、とうとうパソコン導入を余儀なくされてしまったのだ。ちょうどそれが3年前。

 それからのボクの周辺は、産業革命か明治維新かとも思えるほど変化した。WINDOWS機を導入し、原稿から会社の経理処理、住所録の管理などのすべてがそのマシンで行なわれるようになった。メールで原稿を送ったり、MOによる容量の大きな画像データなどのやりとりは当たり前になってしまった。仕事の依頼や連絡などもメールによるものが異常なほど増え、出先でもそれらをキャッチする必要性に迫られてしまった。去年の春には、B5サイズのノート型パソコン(WINDOWS機)を購入。いまや、沖縄に撮影に出ている最中にも出先からメールで原稿を送ったりもしているのだ。さらに、今年に入って、友人に強く勧められてデジタル一眼レフによる撮影を開始。それに伴い、画像処理用にマッキントッシュ機まで購入するはめに。結局、今は3台のマシンをフル稼働させている。しかし、それぞれのマシンに作業を分担させることにより、例えばメールと原稿はノート型、デジタル画像やDTP関連はマック機、経理や住所録管理は古いWINDOWS機に割り振った。それぞれのマシンの活躍エリアが確定し、マシンの動作トラブルもほとんどなくなった。
 雑誌の編集部も、電脳最先端を行くところなどは、文字のチェックなどもPDFというファイルで送ってくる。これはほとんど完成された形のページとして見ることができ、写真の位置関係やページのイメージまでがすべてチェックできてしまう。このクオリティの高さとスピードは、とても10年前には想像できなかったことである。はたして、このように身の回りに機械が幅を占め、機械に使われているような生活を強いられていることが本当にいいのだろうか? そんな疑問をいだきつつ、今度は子供の情操教育用にマックの中古機を入れた。たいして教えなくても、マウスをスイスイと操作する子供たち。ボクが同じ年のころは、今ごろならエンマコオロギをつかまえたり、カナヘビというトカゲをつかまえたりしていた。テレビゲームなんてなかったし、それこそパソコンやマウスなんてものはなかった時代だ。はたしてあと10年経ったらどんなになっているのだろう。テレビ電話が当たり前になり、生活のほとんどの部分になんらかの機械が入りこみ、オートメーション化される。100年200年が経ったとき、人間は知能の部分だけが進化し、カラダは衰える。昔読んだ科学読み物に登場する火星人のような姿になっていきつつあるのだろうか? 電脳未来図。ボクたちの未来は、本当に明るい未来なのだろうか?

BACK