激流の中のダイビングハイ

仲の神島全景

↑憧れの「仲の神島」。その気高き神の島は、ボクの目の前にスフインクスのようなオーラを発しながらたたずんでいた。
 9月下旬。ボクはようやくひとつのことを達成できた喜びをひとりでかみしめていた。それは、西表島の沖にある「仲の神島」を潜ることができたことである。
 「仲の神島」は、地元では「オガン」と呼ばれる。おそらく「御岩」という文字があてはまるのだろう。そこには神が住んでいるといわれ、まさに東シナ海に浮かぶ絶海の孤島。潮の流れが激しいだけではなく、海底の地形はまさに規模の小さななグランドキャニオン。ボクは西表島に行くたびに、ここに潜ってみたいと思っていた。

仲の神島  しかし、なぜだかわからないが運に見放されていた。もう取材なども含めて、西表島には通算60日以上も滞在していて、しかも通算150本以上は潜っている。なのに、風向きが悪くていかれなかったり、他のお客さんのダイビングレベルが揃わなくて行かれなかったり、船のエンジンがトラブったり……。それは仕方がないことなのである。ボクにとってはまさに夢のスポット。ボクのおよそ7000本というダイビング歴の唯一とも言える空白のエリアなのだ。
 その日は気持ち悪いほど穏やかな海となった。天気は晴天。風は無風。海面はまるで油を流したかのようにサザ波すら立っていない。そこをダイビングチーム・ウナリザキのウナリザキYが波を蹴立てて走った。なんかその静寂をボクたちが壊しているかのようで、ひとり海にわびた。
 出港しておよそ1時間20分。まるでエジプトのスフインクスのようにそびえたつ島の前に到着した。海が静かでも、ここだけは潮の流れによる波ができていた。潮が緩くなった。初ダイブが安全に行えるように、その島と海に合掌してからエントリー。

→島にはまるで遺跡のような岩盤があった。しかも海の中にもそんな景観が見られた。与那国島の遺跡ポイントもこんな地形の悪戯のようにも思えてきた。

東の根

↑「東の根」。ザックリと裂け目が岩盤に入り、水深60mから50mもいっきに立ちあがるキャニオン。
まるで高層ビルから飛び降りたような気分にすらなる。
 「東の根」。このオガンの象徴ともいうべきスポット。青黒い色をした海の色。ザックリと裂け目が岩盤に入り、水深60mから50mも立ちあがるキャニオン。潮が当たり始めた。全長1mぐらいのイソマグロが編隊を組んで泳いで来た。カスミアジが群れ、グルクンが大流星群のように頭上から降ってくる。
 その快感が覚めやらぬ2本目。今度は激流の「東の根」を潜った。推定3ノット。ちょうどボクたちが小走りするぐらいのスピードで潮は流れていた。普通は潜らない。というより、この流れはレジャーダイビングの限界をはるかに超えた状況だ。ボクと要君、メダカ君(2人ともウナリザキの若手ベテランスタッフ)の3人のエキスパートだからこそ潜れた。だが、この潮の流れは過酷だった。海底まで下ろした潜降ロープにつかまって潜るが、完全に鯉のぼり状態。潮は目には見えない圧力をかけてくる。まるで台風のまっただなかでの実況中継にも似ていた。はいた泡は真横に流れ、細かくくだける。しかしそのバブルたちは海面に向かうのではなく、激しく渦を巻きながら海底へ向かった。もう物理的な常識を超えた世界。たった3m進むのに1分という時間がいとも簡単に経過する。ここで手を離せば完全に海の藻屑。死神と隣合わせになった。不思議とその緊張感がたまらなく心地よかった。ほんのわずかな時間だが、海になれたような気すらした。きっとエベレスト登頂とか、北極点への到達というのも、この人力を超えた、ある種、自分が神になったかのような錯覚が恍惚にも似たような感覚で呼び覚まされるのかもしれない。激流の中のダイビングハイ。まさに麻薬のようにボクのカラダの中にしみ込んだ。

 結局、この日はオガンを5本も潜った。翌日も凪だったから4本潜った。もう今までの敵討ちのようだった。その潜り方は、はたから見れば鬼気迫るものがあったかもしれない。この「仲の神島」の魅力にボクは完全にとりつかれてしまったようである。

* 絶対に真似をしないように。普通の人がこのようなコンディションに潜れば必ず事故ります。

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