湘南の海
その1 ボクが湘南の海にこだわる理由のひとつ


↑なんの変哲もないカジメを撮った。しかし、太陽の光などを計算しながら撮ると、つまらないはずの被写体も急に面白くなってくるものである。
 ボクが湘南を潜るようになったのは、もうかれこれ13年ほど前の話になるだろうか。伊豆七島・神津島で漁師になろうとしてなりきれず、ダイビングインストラクターの資格だけは取得して横浜に戻ってきた。ちょうどその頃、釣りの雑誌の派遣記者を始めたばかりで、さらにダイビング雑誌の派遣ライターとしても活動し始めたときだった。葉山で非常勤のダイビングインストラクターとしても活動し、葉山でのガイドや講習などを請け負っていた。
 葉山の海は、当時はもちろんのこと、現在でもビーチエントリーしか認可されていない。タンクを背負い、トボトボと5〜6分堤防までの道と岩場とを歩いていく。エントリーしても、かなり水面移動を強いられる。ボートダイビングの消耗度の少なさからすると、まさに体育会系のダイビングを強要される。かといって、水深の変化も少なく、生物の種類も西伊豆の大瀬崎のような豊富さを楽しめるような場所でもない。正直な話、ボクはある時期、葉山の海がつまらないと思い始めていた。しかし、家からもクルマで40分ほどと近く、とりあえず写真の練習にと足しげく通ったのである。

 そんなある日、ボクにとって転機となる事件が起きた。この日はガイドもインストラクションもなく、ただひたすらか写真の撮れる日だった。朝から潜り続けたが、たいした被写体も見つけられず、かなりのフィルムを残してエキジットすることになりそうになった。ボクは悔し紛れもあって、なんの珍しさもないカジメというごく当たり前の海藻を撮ってエキジットした。

 現像のアガリもさほど面白いものが撮れたとは思わなかったが、このスリーブをたまたまダイビング雑誌のある編集者が見た。「この写真おもしろいですね、トヨダさん」と言って指差した写真がカジメの写真だった。

真冬になると、葉山でも透明度が30mも抜けるような日すらある。キーンと頭の芯が痺れそうになるが、これぞまさに湘南の海の素晴らしさを体感できるのだ。
 それからカジメの写真をよく撮るようになった。撮り始めると、意外なことに気づき始めたのである。光を計算しながら撮ると面白い被写体であると同時に、時間で追うととても面白いのだ。カジメの繁茂と枯れていく姿。そこには四季が感じられる。海藻類は、初冬に芽吹き、真冬に最も茂り、春が来ると徐々に枯れ始め、夏の終わりにはかなりの海藻が枯れてしまう。そんな変化に気づき始めると、いままでつまらなく思えていた葉山の海が妙に面白く思えてきた。
 海の中の四季。もちろん海藻だけではなく、生き物たちにも四季があった。春夏秋冬によって生物層は変化する。また、冬に繁茂する海藻が、実はサカナたちのゆりかごになることも知った。秋に産卵したサカナ、例えばメバル。その幼魚は海藻の繁茂とともに海藻の間に潜んで成長していく。春になると、地元の漁師たちが「海藻が溶ける」という表現のしかたとなる春のにごりの潮がやってくる。まるで海藻のエキスが抜けていくようで、そのにごり方は伸ばした自分の手先が見えないほど。ところが、このにごりに乗じて、サカナたちは沖に出る。最も外敵に狙われやすいはずなのだが、このにごりに身を隠しながら沖へ出て、さらに成長して戻ってくるのだ。
 こんな自然のサイクルがはっきりと目に見える場所は、葉山しかなかった。知れば知るほどその奥深さが見えてくる。それからひたすら葉山の海を撮りだしたのである。

次回に続く

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 本ホームページのNEWS欄にも記載しましたが、来年の2月20日に講談社から講談社プラスアルファー文庫『魚眼散歩 湘南・三浦・相模湾の海中カメラ紀行』が発売予定。ちなみに本体価格1,000円。文庫サイズで、カラーとモノクロページが交互に入った本の作りになっています。城ヶ島から始まり、宮川湾、三戸浜、芦名、葉山、逗子、江ノ島、茅ヶ崎、根府川、真鶴、熱海、初島、宇佐美、伊東、大島というように、相模湾の海岸線に沿ってボクが潜り歩いたフォトエッセイ的なものです。もちろん、それぞれの水中写真があますところなく盛り込まれていますし、各地のダイビング情報もいれてありますのでガイド本としても使えます。巻末には、水中写真の撮り方などのハウツーも掲載。マルチに楽しめて、役立つ本にしあがる予定です。12/1現在、もうまもなく色校といって試し刷りがあがってくる段階。また表紙なども決まったら、おいおいNEWSで詳しく報告させていただきます。

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