湘南、三浦の海の意外性

 2月20日に発売される講談社プラスアルファ文庫『魚眼海中散歩 〜湘南、三浦、相模湾ダイビング〜』(ボクの新刊本)の中でも書いているが、この周辺を潜ってその生物相を調べてみると、どうも相模湾に黒潮分流が入りこんでいるようである。あくまでもボクの仮説の域を脱してはいないが、伊豆半島沖で渦を巻くようにして分かれた黒潮の分流は、三浦半島の芦名沖辺りにぶつかるのではないだろうか? と考えている。
 というのも、芦名(現在は閉鎖中、将来的には潜れるようになるはず)では、三浦半島では他に見られない生物がよく見られる。例えばミジンベニハゼ。これは南方系のハゼの仲間であり、伊豆半島では西伊豆の大瀬崎や安良里、東伊豆の宇佐美や川奈など、黒潮系の潮の当たる砂地の海底で発見されている。また、ネジリンボウやヒレナガネジリンボウなども同様に芦名では見られた。だが、三浦半島においては、この3種ともいまのところ芦名でしか発見報告がない。もちろん彼らが好む砂地が芦名にはあると言ってしまえばそれまでなのだが、どうも南からくる潮、つまり黒潮の分岐した流れがストレートに芦名周辺にぶつかっているのではないのだろうか? と考えさせられてしまうのだ。

←芦名で撮影したミジンベニハゼ。水深20mの砂地の海底に沈んでいた空き缶を棲家にしていた。ミジンベニハゼは、南方系のハゼの仲間。関東近辺では、西伊豆の大瀬崎、東伊豆の宇佐美や川奈での報告は多い。しかし、三浦半島では芦名だけ。これは、黒潮の分流がこの辺りに入りこんでいると考えられるひとつの大きな証拠であるはず。

 そのような仮説に基づいて考えてみると、いくつもうなづける要素がある。芦名沖の「オオツブ根」には、越冬するクマノミがいるし、沖縄などでは当たり前にいるミツボシクロスズメが見られたりする。また、1999年のデータからすると、この根ではまさに沖縄系の魚種であるモンガラカワハギの幼魚、ヨスジフエダイの幼魚、ソウシハギの成魚、ムレハタタテダイ、ツノダシの成魚などが観察されている。また、暖水を好むソフトコーラルもとても豊かに成育している。この年は黒潮が接岸したという原因もあるが、これらの要素を考え合わせると、三浦半島というよりも紀伊半島南部や伊豆半島などに近い生物層と考えられる。

 黒潮はその年の気象などに影響されて蛇行するため常に一定とは言えないものの、伊豆半島先端部沖合でその流れの一部が分岐した黒潮支流は相模湾に入り込んで三浦半島芦名周辺にぶつかる。ぶつかった流れは左右両サイドに分岐。ひとつは三戸浜から城ヶ島方向へ流れ、もうひとつは葉山や逗子方面に流れているのではないだろうか。

 そして、その仮説を裏付けるようなことが起きた。昨年の12月15日。ボクは逗子沖の「オオタカ根」を潜った際にフリソデエビを発見した。このエビは熱帯域に生息するもので、日本で見られるのは、西表島、石垣島などの琉球列島、あとは小笠原、奄美大島といったところ。その辺りでもとても珍しいエビなのだ。それが相模湾奥で発見されたのだから、黒潮に運ばれてきたとしか考えられない。

 海はまだまだ未知の世界。ボクたちの身近な海もまだまだわからないことだらけ。おそらく信じられないような発見が続々と出てくるはずである。

→昨年12月にボクが逗子沖で発見したフリソデエビ。このエビは、沖縄などで発見されても珍しい生き物。それが相模湾奥で発見されたのだから驚きである。黒潮によって南から運ばれた、いわゆる死滅回遊としか考えにくい。黒潮分流が相模湾に入り込んでいるという動かぬ証拠だ。

 当ホームページのNEWS欄にも記載しましたが、2月20日に講談社から講談社プラスアルファー文庫『魚眼海中散歩 湘南・三浦・相模湾ダイビング』が発売予定。ちなみに本体価格1200円。文庫サイズで、カラーとモノクロページが交互に入った本の作りになっています。城ヶ島から始まり、宮川湾、三戸浜、芦名、葉山、逗子、江ノ島、茅ヶ崎、根府川、真鶴、熱海、初島、宇佐美、伊東、大島というように、三浦半島から湘南、相模湾の海岸線に沿ってボクが潜り歩いたフォトルポルタージュ的なものです。もちろん、それぞれの水中写真があますところなく盛り込まれていますし、各地のダイビング情報もいれてありますのでガイド本としても使えます。このエリアで見られる生物の図鑑としても見れますし、巻末には、水中写真の撮り方などのハウツーも掲載。マルチに楽しめて、役立つ本にしあがる予定です。

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